シスター・チャイのインタビュー

『真の音楽家~The True Musician』

2018.2.27  

 

質問: シスター・チャイは、ご家庭ではずっと仏教を信仰されていたのですか?

シスター・チャイ:仏教の家系に生まれましたが、実践の経験はありませんでした。日本には『葬式仏教』という言葉があるくらいで、多くの人は家族の誰かが亡くなってはじめて、お葬式のためにお寺に出向くのです。

母ががんで亡くなったとき、私は28歳でした。死と無常はそれ以前にもよく熟考したことがありましたが、自分にとって親密な存在である誰かが、現実に亡くなっていくことは、それまでとは全く違った体験でした。慣れ親しんだ居心地良い世界が一変し、崩れ去っていったのです。私を本当の意味で仏教へと引き合わせたのは、母の死でした。


質問: プロのバイオリニストとして、音楽にかきたてられるものはありましたか?

シスター・チャイ:美しいものを創造し、クラシック音楽の世界で自分がどれだけバイオリニストとして高みに到達できるのか、自分自身を試してみたかったのです。希望だった世界クラスのオーケストラへの入団を果たし、マーラー室内管弦楽団の一員として遠征・演奏した年月はほんとうに素晴らしい経験でした。

 

質問: 音楽から得るものの限界について疑問を持ったことはありましたか?

シスター・チャイ:学生時代、プラトンのこんな言葉に偶然出逢いました。
『自分自身を真の音楽家だと自負し、竪琴や楽器を弾くものが美しい調和を奏でるものではない。心と言葉と行いとの和音を成し、自分の命の完全なる調和を得るものこそが、美しい調和を奏でるのだ』。
心の中では自分自身が目指していた真の音楽家ではないと感じていた私は、この言葉にひどく心を揺さぶられたのです。夢見た成功と人生を楽しみながらも、私は行き詰まりを感じていました。そこからのたったひとつの出口は、すべてを手放すことだったのです。
その後、僧侶として出家することを決心し、住んでいたアパートを片付けていたとき、このプラトンの言葉を再び見つけ、今度は笑顔が浮かびました。この言葉を書いた紙きれをまだ持っています。

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質問: プラムヴィレッジにはどうして来られたのですか?

シスター・チャイ:もっと若い頃には、流れに逆らうことこそが、素敵に見えました。でも、母が亡くなった時、私にはもう抗い続ける力は残っていなかったのです。その時、いのちの流れに身を任せたらどうなるのかみてみようと、私は心に決めたのです。
タイの本に出逢い、多くの安らぎを得たのはその頃でした。2007年の冬、私ははじめてプラムヴィレッジを訪れ、すぐに我が家のように感じたのです。

 


質問: まるで楽園のようだと感じましたか?

シスター・チャイ:正直に言うと、最初の頃は"呼吸の歌──Breathing in, breathing out"のようなプラムヴィレッジの歌は我慢なりませんでした。ブラザーやシスターたちのチャンティング(詠唱)をはじめて耳にしたときは、呆れるほど音程が外れていたのです!でも、なにか違うものが流れていたのです。そこには何とも言えない優しさとあたたかさがあったのです。

プラムヴィレッジに来る以前の私は、座禅瞑想やヨガのリトリートに参加したりしていました。でもそこでは皆それぞれが自己の目的を追い求めるあまり、かえって自分自身に囚われていってしまうようでした。
ところが、プラムヴィレッジでは人々がただ質素に暮らし、お互いを親切に思いやっていたのです。まさに人間としてあるべきそのものの姿に惚れました。

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質問: プラムヴィレッジの歌の方は?

 

シスター・チャイ:すぐにではありませんでしたが・・・。でもだんだんと、これは自分に与えられた修行であり、私自身がただ今この瞬間を楽しむためには、勝手な決めつけや、批判的で皮肉っぽい心は捨て去ることが必要なのだと気づきました。
今ではプラムヴィレッジの歌は最も卓越した実践メソッドのひとつだと思っています。歌う実践は毎日あるので、意識下(蔵識)に歌が根付き、心が正しい気づきを失って散漫になりそうな時に現れてくれるのです。こうした特効薬のような効果を自覚しているので、今は振りもすべて、心いっぱいに、プラムヴィレッジの歌を歌っています。

 

質問: どうして僧侶となることに惹かれたのですか?

 

シスター・チャイ:私はスピリチュアルな人生には、ずっと興味を持っていました。でもプロの音楽家としての素晴らしい人生を捨てることなんて、想像だにできなかったのです。また、周りの人の期待を裏切るのも嫌でした。プラムヴィレッジを最初に訪れた時、(出家について)相談したシスターはこうおっしゃったのです。
「今すぐに考える必要はないのですよ。その時が来たら分かるのですから。」

その3ヶ月後、ローマでリトリートがあり、ちょうど運良く仕事でイタリアに居合わせた私はリトリートに参加しました。リトリート終了日、仕事先へと戻る電車に揺られている時に日本からの電話がありました。父が重病にかかり、入院したとの知らせでした。そのため仕事をキャンセルし、父と過ごすために日本へと帰国したのです。

その夏、父が亡くなりました。父の死と自分の仕事にまつわる手続きが山のようにありました。忙しさでずっとずっと走り続け、自分がまるで止まることすらできないように思われました。このままでは私自身が長くは持たず、再起不能なまでに傷ついてしまうと自分自身で分かっていました。私は自分自身を思いやることを心に決め、プラムヴィレッジの冬リトリートに申込みました。
私は自分にこう言い聞かせました。何もしなくていい、ただ私自身を休ませるだけなのだ、と。毎晩、禅堂で長い時間独りで坐っていました。音楽も話し声もない、ただ静けさが欲しかったのです。ニュー・ハムレット(プラムヴィレッジの女性修道院のひとつ)でシスターたちと一緒に一月程も暮らすうちに、はっきりとした内なる声が聞こえました。
「仕事を辞めて尼僧になりたいか?」という疑問はもうありませんでした。まだ剃髪していないとはいえ、私はすでに仏の道の途上にいたのです。

 


質問: 出家希望者となられた時、音楽とはどういう存在でしたか?

 

シスター・チャイ:ある晩坐っているとき、往くべきところも、すべきこともない-no where to go, nothing to doが意味することを、はじめて理解したのです。すると「ああ、私はいま自分にとって大きな価値を持っていたすべてを捨て去ろうとしている」と自覚したのです。
プラムヴィレッジに来てからずっと、音楽を聴くような気は起きなかったのですが、ふと突然に、ブラームスの交響曲が聴きたいと思いました。iPodをベッドの中で再生すると、涙がとめどなく顔をつたいました。これまで自分の生きてきたこの世界が、どれ程かけがえのない贈りものであったのか、私は気づいていなかったのです。
音楽というこの途方もない世界は5歳の頃から私と共にあったのです。でも私の耳を傾けている音楽は今、それまでとは全く異なって胸に響きました。音楽は私の中に流れていましたが、同時に私はすでにその慣れ親しんだ世界の外側にいたのです。もう後戻りはできない、ということが分かっていました。これまでの私の生涯で、自分のすべてを捧げ、また導いてきてくれた音楽があったことが、一体どれ程幸運だったかに、私は気づかされたのです。

 

 

質問: 音楽家であることと僧侶であることに共通点を見出すことはありますか?

 

シスター・チャイ:ええ。本当によく似ていると思います。サンガはまるでオーケストラさながらです。ひとりひとりに役割があり、それぞれがかけがえのない存在です。交響曲の中で、バイオリニストたちが休みなく演奏している一方で、たった一つの音しか鳴らさない打楽器奏者がいても、誰も不平を言おうとは思いません。それこそが音楽を美しくしているものだからです。
サンガの中で幸せに暮らすには、それぞれが違う役割があると受け容れることもまた、必要とされます。他の人たちよりも長時間働くことがあっても、ただそれはそういうものであるというだけです。平等であらなければ、というコンプレックスは私たちを苦しめるのです。
オーケストラに調和があれば、私たちにはオーケストラ全体が、一つの巨大な楽器として聴こえます。一人一人のバイオリニストたちの音が聞こえてきたら、オーケストラとしての綺麗な音は聞こえません。自分の音ほかの人たちの音の区別が無くなるように、一人一人がそれぞれの音を集合的な音へと溶け込ませていくのです。

ある時、イギリスの素晴らしい名指揮者、コリン・デイヴィス卿が、リハーサル中、なんともまとまりのつかなかった時にこう言われたのです。
『誰であれ、自分の正しさを主張しようという者はテロリストだ!』
この警告が一石を投じて、その後、私達は奇跡のように完璧な調和を奏でたのです。
オーケストラのメンバーはそれぞれに芸術家である権利がありますが、どうあることが正しいかを誰かに納得させようとすれば、上手くはいかないのです。これはサンガの生活にもほんとうに良く当てはまります。自他ともに苦しみを生み出さないためには、自分の考え方に囚われることのないように、絶えず自分の考えを注意深く見つめる必要があるのです。

サンガがオーケストラであるとするなら、タイは指揮者です。卓越した指揮者は演奏者たちを支配したりはしません。ただオーケストラ自体に演奏させる(Play=演奏する・遊ぶと同じ言葉)のです。これはタイがいつも私たちにおっしゃっていることと全く同じです。ベトナム語の"Di choi!"とは文字通り「さあ、遊びなさい!」と言う意味です。「楽しんで遊んでいらっしゃい」という意味もあります。
タイは卓越した指揮者そのもののようにサンガを信頼しており、その信頼があるからこそ、ひとりひとりの最高の力を引き出すことが出来るのです。
ある時、なぜタイがこんなにもたくさんの弟子たちをひき連れてツアーに出向くのかを不思議に思われて、在家の方がその理由を尋ねられことがありました。私はこう答えました。
「指揮者がオーケストラを連れずに演奏ツアーへ出ることは意味をなしません。指揮者とオーケストラはインタービーング(お互いがあってはじめて成り立っている)の存在なのです。」

朝、全サンガが一同に坐っている様子は、まるで音合わせをしているオーケストラさながらです。私は未だかつて、バイオリンを調律なしで弾いてみたことはありません。自分の心と体もまたそれと変わらないのではないでしょうか。サンガと自分の心の調和に調えてスタートすると、その日一日にずっと調和がもたらされて、心地よく過ごせすことができるのです。

 


質問: 世界各国で暮らして来られて、きっと独立独歩とした生活や習慣を過ごしてこられたのではないかと思いますが、反面サンガではきまりや制約の多い生活ですが、その点はいかがですか?

 

シスター・チャイ:以前の私には、僧侶としての生活はこういうものだという先入観がありました。オーケストラの同僚たちには、私はもう旅生活に終止符を打って、フランスの静かな僧院に入って暮らし、最初の二年はどこに行くこともないのだと話していたのです。ところが突然、『君はこれからツアーに行きなさい』とタイから申し渡され、私は、これは出家前の生活とそれ程変わらないな、と思ったのです。
このエピソードはタイが禅師たる所以でもあります。私たちがある一つの考えに縛られているとすぐに、笑顔で『禅の斧』を振り下ろすのです。私は見習い僧としての生活はどういうものかという自分の先入観に縛られていたのでした。田舎で静かに平和に暮らし、畑を耕すというような。

実践とは、実際にはまったく型にとらわれないものです。心いっぱいにマインドフルであることを自分で選べば、リトリートのためにツアーに出ている時も、実践の道を深めていくことができるのです。
マインドフルネス(正しい気づき・正念)と共になければ、僧院で坐禅しようと、ゆっくりとした歩みを実践しようと、お経を学ぼうと、時間の無駄でしかありません。たとえ何をしていても、お料理でも、お掃除でも、勉強でも、旅でも、マインドフルにその過程を楽しむこと心がけています。

 

質問: 見習い僧として、最も幸運だと思うことははなんですか?

 

シスター・チャイ:家族の中の末っ子のように、周りから守ってもらえることです。たくさんの兄・姉弟子たちがそれぞれの方法で教え導いて下さり、自分が「誤りを犯す」ことのできる環境を楽しんでいます。
私にはつい何か目標を達成しなければ、と考える癖(習気)があるので、「良い尼僧」であるとはどういうことか、との考えを手放す実せんをしています。誰もが認める良い演奏家とは、というものがあるのと同じで、やはり、良い僧侶とはなにか、という集合的な考え方があるのです。もし「良い尼僧」を目指してしまったら、演奏家として行き詰まったのと同じ行先が待っているでしょう。

幼い頃から、私は結構何もかも器用にこなせる方だったので、なんでも上手くやらなければ、という感覚が今もあります。このしみついた癖(習気)に気づき、自分の行動欲求を注意深く見張ってはいるのですが、深いレベルではやはりこの達成欲は未だにあって、潜在化した根源的ストレスを招いているのです。

 


質問: ご自分にとって、自負心(プライド)は問題ですか?「サンガの中の他の誰かよりも自分は優っている」という感覚として現れることはありますか?

 

シスター・チャイ:自己嫌悪となって現れます。これは認めるのが最も恥ずかしいものかもしれません。でも優越感とは劣等感の別の顔に他なりません。ちょうどコインには表裏があるように。自分の劣等感に気づくと、「そのままであなたは充分」と、私は自分自身に言い聞かせています。

出家して15ヶ月が経ちましたが、自分自身や他者に対しての勝手な決めつけや批判の水準が格段に減少したのが嬉しいです。批判などのネガティブな考えは貴重なエネルギーを大変無駄にしてしまいます。水や食物といった自然資源を大切にするように、自分のエネルギーを有益な目的のために大切に使うよう、心がけています。その結果、以前よりもずっとリラックスして過ごせるようになり、たくさんの人が以前との違いに気づいたと教えくれます。
私がこれまで見習い僧としてサンガのおかげでひとつ学んだことがあるとするなら、思いやりがあるということは何かに優れることよりもずっと重要だということです。

 


質問: これからの目標はありますか?

 

シスター・チャイ:幸せになることです。私は両親と常に仲が良かったわけではありませんでしたが、両親の死後、どれだけ自分が無条件の愛を注がれていたかに気づきました。両親がしたことはすべて、ただ私を幸せにしたかったことから生まれたのだと感じています。
このことに気づいたのは、すでに両親の肉体がこの世で失われてからだったので、もっと二人を幸せにしたかったと悔やまれました。でも今の私は、両親への恩返しは私自身がただ幸せになることだと知っています。私は両親のために、また両親と一緒に実践しているのです。

両親が亡くなって以降、かえって親密に両親と繋がりを持つようになりました。センチメンタルに聞こえるかもしれませんが、いつどんな瞬間も、両親が私を導いてくれていると感じるのです。
以前よりも両親の存在をほんとうに強く感じています。手立てが無いと思うときは、両親に自分を委ね、解決してもらうのです。深く耳を傾ければ、両親がいつも正しい方向に導いてくれています。私を人生の現地点に連れてきてくれたのは両親であると、ほんとうに感じています。
また両親のみならず、血縁を受け継ぎ、またこれまで過ごした土地に代々暮らし、そして信仰の繋がりを持つ、すべてのご先祖様たち、さらにはバッハ、モーツァルトといった、これまでの私の生涯で巡りあったすべての素晴らしい音楽のご先祖様たちによって、私はここまで導いて来られたのです。


 

聴き手:ブラザー・ファップ・ユン、ブラザー・ファップ・ライ

季刊誌マインドフルネス・ベル58号掲載/2011年秋

 

(写真:Plum Village / 翻訳:西田佳奈子/ 監修:シスター・チャイ・ニェム)

"The True Musician ─ An Interview with Sr. Trai Nghiem"