平和を築くための対話

「争いの中にあるとき、私たちは非常に多くの場合において、問題は相手や相手方なのだと信じこみます。すべては相手の落ち度であり、もし相手の行動が止みさえすれば、相手の在り方が変わりさえすれば、私たちは平和で幸福になれると考えるのです。

 

こうして私たちは相手側を破壊しようとする欲求に突き動かされてしまうのかもしれません。相手なんて存在しない方がよかったと思うかもしれません。でも深く見つめると、苦しんでいるのは自分だけではないのです──相手もまた苦しんでいるのです。

 

自分自身を鎮める時間をとり、状況を深く見つめれば、私たちには共同責任があり、私たち自身が自分の考え方や行動の仕方、発言の仕方によって、個人として、または集団として、国家として、共に争いを生み出してきたことが見えて来るのです。

 

私たちには、深く見つめて、いま起こっている困難における自分自身の分担を理解し、その責任を認めることが出来るのです。自分自身がいかに争いに加担してきたのかを理解するとき、私たちの心が再び開いて、対話が可能になります。

 

私たちは、自分自身が平和で安全で守られて生きていける可能性を作り出し、そしてまた、相手が平和で安全で守られて生きていける可能性を作り出したいのです。

 

あなたにこの意思があり、相手の側をあなた自身の心の中にいかに包容できるのかが分かれば、瞬く間にあなたの苦しみは大きく和らぐのです。相手の側もまた安全で平和に暮らしたいのです。

 

私たちが相手を包容したいという深い願いに動機づけられ、活気づけられている時、相手の側にこう尋ねることが非常に容易になります。

 

『どうすれば私たちは最善の方法で、お互いの安全と幸せを確実に守ることができるでしょうか?』

 

私たちにこの質問ができるとき、状況は急速に、深いレベルで変わっていくのです。」

 

  ーティク・ナット・ハン